牛乳は捨てるほど余っているのに、なぜ値上げなのか…平均所得1000万円超の「乳牛農家」をめぐる深い闇 | ニコニコニュース



輸入飼料の高騰で「酪農家が苦境にある」との報道が相次いでいる。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「酪農家の平均所得は2015年から2019年まで1,000万円を超えて推移している。もっとも高かった2017年は1,602万円、100頭以上をもつ乳牛農家は北海道で4,688万円、都府県で5,167万円だった。数年前まで輸入飼料は安く、酪農経営はバブルだった。バブルがはじけたからといって、国民に助けを求めるのはフェアではない」という――。

■捨てるほど余っているのに、なぜ値上げなのか

「酪農家が大変だ」としきりに報道されている。 国際的な穀物相場が高騰してエサ代が上昇しているうえ、乳製品(脱脂粉乳)が過剰になって余った生乳を廃棄したり、減産せざるを得なくなっているというのである。1月23日NHKクローズアップ現代は、「牛乳ショック、値上げの舞台裏で何が」と題して報道していた。しかし、生乳は捨てるほど余っているのに、なぜ乳価は上がるのだろうか? 供給が多ければ価格が下がるというのが経済学だ。これについて、クローズアップ現代は、何も答えていない。経済の基本原理に反した動きがあるときは、必ず人為的な力が働いている。それを明らかにしなければ、問題の真相に切り込んだことにはならない。

■牛乳(加工乳)=水+バター+脱脂粉乳

問題の真相を理解するには、まず「牛乳」という商品について知る必要がある。 牛乳は面白い商品だ。水を取るとバターと脱脂粉乳ができる。できたバターと脱脂粉乳に水を加えると、元の牛乳に戻る。これは“加工乳”と表示されているが、牛乳と成分に違いがあるわけではない。 生乳からバターと脱脂粉乳が同時にできる。これが生乳と乳製品の需給を複雑なものにする。2000年に汚染された脱脂粉乳を使った雪印の集団食中毒事件が発生して以来、脱脂粉乳の需要が減少し、余り始めた。脱脂粉乳の需要に合わせて生乳を生産すると、バターが足りなくなる。2014年バター不足の根っこには、この需給関係がある。

■バター不足を招いた農林水産省による輸入制限

当時、日本ではバターが足りなくなったが、世界では余っていて価格も低迷していた。国内の不足分を輸入しようと思えば、安い価格でいくらでも輸入できた。 それが輸入されなかったのは、制度的にバター輸入を独占している農林水産省管轄の独立行政法人農畜産業振興機構(ALIC)が、国内の酪農生産(乳価)への影響を心配した農林水産省の指示により、必要な量を輸入しなかったからである。なぜ農林水産省はALICに輸入させなかったのだろうか? バターを間違って過剰に輸入して余らせると、それを国内で余っている脱脂粉乳と合わせて加工乳が作られる。牛乳市場で加工乳を含めた供給が増える。これだけでも価格の下げ要因となる。 さらに、問題を複雑にするのは、農林水産省の制度によって、生乳価格は一物一価ではなく、バターや脱脂粉乳の原料となる「加工原料乳」の価格は「飲用牛乳向け」の価格より33%も安いことだ。このため、もともとは加工原料乳を原料とする加工乳のコスト・価格は飲用牛乳より安くなる。安い加工乳が多く出回ると、飲用牛乳の価格も下げざるをえない。 当然乳業メーカーは乳価の引下げを酪農団体に要求する。そうなると、酪農団体や農林族議員は農林水産省バターを輸入しすぎたせいだと批判する。かれらの気分を害すると出世できなくなることを恐れて、役人は十分な量のバターを輸入させない。酪農団体も乳製品の輸入に反対し続けてきた。 ALICではなく自由な民間貿易に任せていれば、十分な量が輸入され、バター不足は起きなかった。結果的に多く輸入されても、バターや生乳の価格が下がるだけで消費者は困らない。

■「生乳廃棄」は酪農団体が自ら招いた問題

脱脂粉乳の在庫が増大し、生乳を廃棄したり、生乳生産を減少したりしなければならなくなったことを、酪農家は国の場当たり的な政策のせいだと言う。 バター不足の後、農林水産省は、バターの供給が足りなくならないよう、酪農団体に生乳生産増加を指導した。バターの需給が均衡すると、脱脂粉乳が過剰になり在庫が増大した。そこで今度は減産を指導している。 脱脂粉乳が過剰にならないようにすれば、国産ではバター全てを供給できないので、不足分を輸入すればよい。しかし、輸入には酪農団体が反対する。このため、農林水産省バターを全て国産で供給できるよう生乳生産増加を指示した結果、脱脂粉乳が過剰になったのである。 酪農家なら、乳製品の需給関係も理解すべきである。増産と減産を繰り返したくないなら、一定量のバターの輸入を認めるしかない。自らの政治活動が生乳廃棄、減産を招いたのだ。

■生産過剰なのに上がり続ける生乳価格

生乳価格(飲用向けと加工原料乳を加重平均した総合乳価)は2006年以降大きく上昇している。 さらに2022年11月には、酪農団体と乳業メーカーの交渉で決まる飲用牛乳向けの乳価が1キログラム10円、8.3%引き上げられた。バター用など加工原料乳の価格も10円、12%引き上げられた。加工原料乳への政府補給金も、同年12月4.3円、5.2%引き上げられた。デフレと言われる時代に、乳価は2007年に比べ5割も高い。負担しているのは消費者である。現在、酪農団体はさらなる引き上げを要求している。 過剰なのに価格が上がるというのは、農産物需給についての通常の経済学では説明できない。それなら市場外で何か別の力が働いているはずである。 農政は似たようなことを経験している。食管制度時代の米価である。この時、政府は生産者から米を買い入れ、その際の価格を政治的に決めていた。JA農協の大政治運動で米価を上げたので、米の過剰が生じ減反政策を実施せざるを得なくなった。しかし、生産を減少させる減反政策を行いながら、生産を刺激する米価引き上げを同時に行っていたのである。このときは、一定の米価を前提として、それを維持するよう生産を減少・調整した。農産物市場で供給が変化するなら、価格が変動して需給を調整するのに、この場合は価格を固定して数量で調整したのである。

■価格を維持するために量を調整している

生乳の価格決定は、乳業メーカーと生産者団体の連合体との交渉で行われる。その舞台裏で、どのような動きがあるのか、部外者にはわからない。しかし、乳業、酪農、農林水産省、農林族議員は、利益共同体である。乳価交渉で、乳業メーカーが政治的な意図を忖度(そんたく)しないとは言えない。かれらは、バター不足の際の農林水産省の行動を理解できたはずだ。 まず乳価水準を決める。乳業メーカーは、生産した脱脂粉乳等の在庫を調整することで、脱脂粉乳等が過剰に供給され、その価格が低下しないようにする。今回も脱脂粉乳は過剰となって在庫が増えているのに、価格は下がっていない。これは極めて重要なポイントである。 乳業メーカーとしては、過剰在庫による倉庫料の負担を減少しようとするなら、脱脂粉乳の価格を大幅に引き下げて在庫を一掃すればよい。安い脱脂粉乳から無脂肪乳や低脂肪乳などの加工乳が安く作られる。安価な加工乳の需要が増えれば、飲用牛乳の価格も下げざるを得ない。そのときは生乳価格(乳価)を酪農団体と交渉して下げればよい。

■酪農・乳業村の利権を「税金」で守る仕組み

しかし、このような経済合理的な活動を行うと、酪農団体や農林水産省と全面的に対立する。逆に生乳供給が逼迫(ひっぱく)するときに、自分の会社に酪農団体から生乳を回してもらえなくなるかもしれない。特に、全生乳の6割を占めるとともに加工原料乳のほぼ全てを生産している北海道の酪農団体、ホクレンが生乳供給で持つ独占的な力は巨大である。 無理をしなくてもよい。乳価引下げと言わなくても、農林水産省は過剰在庫解消の手段を講じてくれる。今回は、WTO違反の輸出補助金まで検討してくれている。それでもダメな場合は、酪農団体が乳価維持のために生産調整(減産)してくれる。もちろん農林水産省も乳牛淘汰(とうた)などの補助金を交付してくれる。これで、酪農・乳業村すべての関係者の利益を守ることができる。このコストを負担しているのは納税者だが、酪農・乳業村としてはあずかり知らぬことだ。 価格を維持するために数量で調整するやり方は、食管制度以降の米政策と同じである。こうして、生乳が廃棄されても乳価は上がる。

■畜産部を畜産局に昇格させた農林族議員

農林水産省が酪農に牛舎、搾乳施設(搾乳ロボットなど)、農業機械などを補助してきたのは、酪農生産の効率化を図り、コストを下げて消費者に利益を還元するとともに、WTOTPPなどの関税削減交渉にも対応できるようにするためだった。ところが2007年以降乳価は下がるどころか上昇している。 第1次安倍内閣の2007年には、米政策でも大きな変化が起きた。生産者への減反目標を国が配分するのをやめてJA農協に任せるという改革〔安倍首相(当時)が2014年に減反廃止と言ったのと同じ内容〕を、自民党農林族議員がひっくり返したのだ。これ以降、農林水産省は農林族議員に反抗できなくなった。 今の農林族議員の中心は畜産族である。彼らは、畜産部を畜産局に昇格させた。畜産族の圧力は陰に陽に乳価交渉に影響する。被害者は、納税者として酪農家に補助金を払いながら、消費者としてより高い牛乳乳製品を買わされる国民である。

■日本の酪農はアメリカ産穀物の加工工場

トウモロコシなど穀物の国際価格が上昇して、それを飼料として使う酪農経営が苦しくなっていると報道されている。多くの人は広い草原で草を食むクリーンな牛をイメージして、酪農家にも親近感や同情の念を持つ。しかし、放牧されている牛は2割に満たない。ほとんどはアメリカ産の輸入穀物を主原料とする配合飼料を食べている。土地が広い北海道でも配合飼料依存が高まっている。栄養価が高いので乳量が上がるからだ。 1961年に農林省は“農業基本法”を作った。狙いの一つは、食生活が洋風化する中で、米から、需要が高まる、野菜、果樹、酪農・畜産へ農業を転換させることだった。もう一つは、農家当たりの規模を拡大してコストを下げ、工場労働者と同じくらいまで、農家の所得を向上させようというものだった。 基本法に支えられ、酪農は発展した。60年間で生乳生産は200万トンから760万トンに4倍も増加した。酪農家戸数は40万戸から1万3000戸へ30分の1に減少したので、一戸当たりの規模は実に120倍に拡大したことになる。 しかし、拡大の仕方がイビツだった。規模を拡大するために、草を食べる反芻動物である牛の飼養頭数を増やすなら、草地を増やさなければならない。それが困難な都府県では配合飼料を与えるようになった。 北海道では、草地面積は、1960年の6万3000ヘクタールから1995年に54万ヘクタールに増加した。しかし、その後減少し続け、2020年には50万ヘクタールとなっている。1980年代後半以降、北海道も、配合飼料の使用量を増やすことで、飼養頭数を拡大した。手っ取り早く収益を上げられるからだった。これによって、北海道の酪農収益も、トウモロコシ価格と連動するようになってしまった。 日本の飼料産業は、輸入トウモロコシなどに飼料添加物を加えた“配合飼料”を製造し、畜産とともに大きく発展した。原料のトウモロコシは関税なしで輸入しているのに、なぜか配合飼料価格はアメリカの倍近くもしている。JA全農アメリカニューオーリンズに巨大な穀物エレべーターを所有し、アメリカ産穀物を大量に日本に輸出している。日本の酪農品や畜産物はアメリカ産穀物の加工品である。本籍はアメリカだ。これがJA農協が広告する“国産国消”の姿である。

■100頭以上の乳牛がいると平均所得は4000万円以上

乳価が上昇したうえ、北海道の生乳生産量は、バター不足が問題となった2014年381万トンから2021年は427万トンへ、全国は733万トンから765万トンへ増加している。 乳価も生産量も上昇したのだから、価格に生産量を乗じた売上高は増加した。また、酪農家の副収入であるオス子牛価格は、通常3万~5万円ほどだった。それが牛肉価格の高騰で、2016年から最近まで10万円から15万円と過去最高水準の高値で推移してきた。 酪農家の平均所得は2015年から2019年まで1000万円を超えて推移している。最も高かった2017年は、酪農家の平均で1602万円である。この年100頭以上の牛の乳を搾っている階層は、北海道4688万円、都府県で5167万円の所得を上げている(農林水産省農業経営統計調査」)。つまり、酪農経営は数年間バブルだった。そのバブルが昨年はじけただけなのだ。 穀物の国際価格の上昇もオス子牛価格の低下も、国が招いたものではない。 輸入飼料依存の経営を選択した酪農家が、輸入穀物が安く平均的な酪農家でも国民の平均所得の3~4倍を稼いでいた時には黙って、穀物が高くなると苦しくなったといって国民(負担するのは納税者)に助けを求めるのは、フェアではない。これに補塡(ほてん)するのは、株式投資で失敗した人に損失補塡するのと同じである。 日本の乳価は欧米の3倍、1頭当たりの乳量も世界最高水準だ。それなのに、1年だけの飼料価格上昇で離農者が増加するなら、今の酪農は見直すべきではないのか。輸入穀物依存の酪農は、輸入が途切れる食料危機の際には壊滅する。食料安全保障上、何の意味もない。大量の糞尿を穀物栽培に還元することなく国土に窒素分を蓄積させている。経済学的には保護ではなく課税すべきだ。

■日本の酪農は牛にも残酷

牛に草ではなく穀物を食べさせるために、放牧ではなく舎飼いとなる。規模の小さい酪農家では、牛は「スタンチョン」という首輪やひもで一日中牛舎の狭い場所につながれている。体を固定されてエサを食べさせられているだけである。歩くことさえ許されない。こういう状態の自分を想像できるだろうか? 国際獣疫事務局(OIE)は、つなぎ飼いされている牛は福祉問題のリスクが高いので、十分に運動させるべきだとしているが、日本では放牧地や運動場に牛を放さない経営が多い。 規模の大きな農家では、ある程度のスペースでつながれずにまとめて飼育されるが、コンクリートの上を少し歩けるというだけである。また、コンクリートの上におがくずやもみなどの敷料を薄くまいただけの場所で寝ている。アスファルトの道路の上で、人が寝るようなものである。これが生涯続く。かなりの牛は足を痛め、跛行など歩行が困難となる。起立不能になる牛もいる。 牛も出産しないと乳を出さない。一般には、人工授精して妊娠・出産させる。栄養価に富んだ「初乳」を生まれたばかりの子牛に飲ませるだけで、すぐ子牛を母牛から引き離す。母牛からできる限り多くの生乳を絞るためである。これに対して、肉用牛の場合には、母子分離は早くて産後1カ月経ってからである。 この早すぎる母子分離は、母牛、子牛ともに大きなストレスになる。子牛は母牛の乳首を吸うことができないため、水を入れたバケツの取っ手をなめたり、一頭だけ入れられた狭い囲いの鉄柵をなめたりを繰り返す。引き離された子牛は輸入された安い脱脂粉乳を飲まされる。 酪農家は、子牛用の脱脂粉乳の輸入には反対しない。母牛が子牛を舌でなめるグルーミングを受けた子牛ほど発育が良い。しかし、生まれてすぐ子牛を母牛から引き離せばグルーミングはできない。これは、アニマルウェルフェアに反している。

■国土に立脚した放牧型酪農に転換せよ

本来酪農は土地に根差した産業だ。少数だが草地に放牧する酪農が日本にもある。アニマルウェルフェアの要請にもかなっている。草を食べる反芻動物の牛に狭い牛舎で穀物を食べさせることが良いのか? 出産後すぐに母牛から子牛を引き離すことはアニマルウェルフェアからも好ましくない。 海外の穀物に依存する酪農がいかに危ういものかは、今回よくわかったはずだ。政府が行うべきは、国土に立脚した放牧型酪農への転換である。 ----------
山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、など多数。近刊に『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)がある。 ----------
図版=筆者作成


(出典 news.nicovideo.jp)

ヒュウガ

ヒュウガ

まぁ農協が問題だわな。解体されかけただけはあるわ。安倍元首相が亡くなったからさらにふんぞり返ってるだろうよ

ゲスト

ゲスト

これ農業にも言える。農家の悲鳴とか言うが農家は何ら損をしてない。肩代わりさせられた消費者が悲鳴上げてるだけっていう

風の谷のトトロ

風の谷のトトロ

酪農家(団体)と酪農家(経営者)と酪農家(労働者)がごっちゃになってるぞ。労働者は340万円が平均だぞ。経営者は1000万とかだけど牛や牛舎に数億円投資した結果だぞ。

kikori

kikori

需要と供給と生産調整のバランスが取りづらくて、誰もコントロール出来ていないんだろうね。コロナで需要予測が出来なかったし、乳価上げろという圧力もあって、どうバランス取っていいのか解らないところもあるだろ。酷暑等気象の問題で乳量減ったりもするから、安定した輸入枠の確保という観点から完全に輸入を無くすのも難しいだろうし。