レベルの概念があるゲームは時間の無駄か? ネットの投稿きっかけで議論に「誰でもクリアできる体験は本当に楽しいのか」「苦手な人の救済には必要」 | ニコニコニュース

(出典 news.nicovideo.jp)
| juggernaut クリアできないゲームよりクリアできる方が楽しいに決まってるだろ。「攻略にプレイヤー自身の成長が要求されるゲームこそ本物」って書いてるけど、どれだけやりこんでもクリアできない人がいるゲームだってあるんだよ!プニキとか(笑) |
| seath レベルの概念そのものはTRPGの『D&D』の頃から存在します。エルフは戦闘も魔法もこなせる万能職ですが、成長が遅いという難点があります。TRPGの目的がキャラクターの育成にあるなら、経験値獲得はその手段です。これは必ずしも戦闘で勝つことではなく、シナリオを一本クリアするという目的達成のためにモンスターをやりすごしたり、交渉で戦闘を避けるプレイ等も含まれます。 |
| seath このレベルの概念が『ウィザードリィ』では呪文の使用に直結し、忍者ではACの低減に関わっているので、ワードナを倒したあとも最強キャラ育成のために延々延々とダンジョンに潜る理由付けになっています。当時のロスト率から考えると、高レベルのキャラクターであるほどスリルを楽しむことができ、それによって付随する愛着もひとしおです。そしてベニ松のハード路線が生まれたんです。 |
| seath そのウィザードリィを参考にしたのが『ドラクエ』で、以降キャラクターを育成する喜びが論じられる際にはレベリングが引き合いに出されるようになりました。レベル20の僧侶をレベル1の賢者にするのも、遊び人をレベル20にするのも、レベリングの一環といえます。また、レベリングには必ず何らかの効率のいい稼ぎが存在するのも確かで、効率厨のやりこみ要素という面もあるでしょう。 |
| seath プレイヤースキルのみが論じられるレベル制の廃止といえば、やはり『MH』シリーズです。『MH』は厳密にはランク制ですが、レベリングの対極に位置し、そして知名度とゲーム性でも『MH』の登場がレベル制に対する疑問を呈することになったといえます。これは“ゲームに対する時間的な投資を如何に回収するか”という問題に於いて、必ずしもレベリングは必要ないという裏付けです。 |
| ゲスト 無駄だよね。ゲームをつまらなくしてる。64のゼルダは、レベルを完全に排除したシステムになっていて秀逸だと思ったね。ゲーム自体はぬるかったけど。市販のゲームは、対象年齢とかもあって難しいのかもしれんけど、作業ではなく、思考を楽しめるゲームが欲しいよね。 |
| seath ではレベリングやPSに共通するゲーム性とは何かといえば、それは“解禁”要素です。あるミッションをクリアすればご褒美がもらえる、という要素です。ではPSの習熟による解禁要素の方がいいかといえば、それもどうでしょう。私は『GTA3』で最強の乗り物であるハンターを入手するためのミッションで操作性がクソすぎて投げました。『GTA』のラジコンミッション大嫌いです。 |
| ダイブン 極論だし何のゲームを指してるのかわからんし、俺は成功体験を味わいたくてゲームしてるわけじゃないし・・・そもそも「勝利はレベルを上げて殴って勝てたかレベル足りなくて殴り負けたかでしか無い。」って属性やギミック持ちのボスと戦った事以前にパーティーの構成考えてHPとMP管理しながら攻略するゲームやった事あるんですかねこの人。 |









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